第033話 眩しく光る巾着
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第033話 眩しく光る巾着

第1章 霧の序章

白い光ではない。  灰色の光。  何もない空間のような、灰色の光。

「っ」

こよいは、目を細めた。  光が強すぎて、何も見えない。

観測者かんそくしゃの声が聞こえた。

「異常を検知」

「測定不能の力を確認」

「警戒。後退」

何かが起きている。  水路すいろの神が、何かをしている。

光の中から、虚空こくうが広がった。

巾着きんちゃくから。  小さな巾着きんちゃくから、何もない空間が噴き出している。  存在しない場所が、目の前に広がっていく。

それは、水路すいろの神の本来の力だった。かつて人々が暮らした水路すいろが埋め立てられ、空き地になった時、残されたのはこの「何もない空間」だった。失われた場所の記憶が、今、盾となって広がっている。

虚空こくううずいた。  こよいの周りを、ぐるりと回る。  冷たい空間。でも、優しい空間。

「……いけ」

水路すいろの神の声が聞こえた。  今までと違う声。  強い声。

「……いま」

「……はしれ!」

虚空こくうが動いた。  観測者かんそくしゃに向かって、突進とっしんする。  白い光が、灰色の虚空こくうに押されて後退する。

「っ」

観測者かんそくしゃたちが、よろめいた。  包囲ほういの輪が、崩れていく。

隙間が、できた。

「走れ!」

水路すいろの神の声が、叫んだ。

こよいは、足を動かした。  さっきまで動かなかった足が、動いた。  開いた隙間に向かって、走った。

両側に、虚空こくうの壁がある。  観測者かんそくしゃを、遮っている。  灰色に光る、虚空こくうの壁。

「……とまらないで!」

水路すいろの神の声。

「……まえを、みて!」

走った。  全力で、走った。  虚空こくうの壁の間を、駆け抜ける。  壁の端が視界の両端で明滅して、足元の地面が滑っていく。何度も転びそうになりながら、それでも止まらなかった。

後ろで、観測者かんそくしゃの声が聞こえた。

「対象を逃すな」

「追跡を開始」

でも、追いつけない。  虚空こくうの壁が、邪魔をしている。  水路すいろの神が、道を作ってくれている。

走り続けた。  どのくらい走ったか、分からない。

気がつくと、虚空こくうの壁が消えていた。  後ろを振り返る。

遠くで、観測者かんそくしゃの光が点滅している。  追ってきていない。  光が、もとの位置に戻っている。包囲ほういを立て直す余裕はないらしい。  逃げられた。

「……はぁ、はぁ」

こよいは、膝に手をついた。  息が、上がっている。

逃げられた。  本当に、逃げられた。

「……水路すいろ

こよいは、巾着きんちゃくに話しかけた。

「……ありがとう」

返事がなかった。

「……水路すいろ?」

巾着きんちゃくを、手に取った。  冷たい。  さっきまで熱かったのに、冷たい。  掌に吸い付くような冷たさで、指先まで痺れている。

軽い。  水路すいろの神の存在感が、薄い。

「……水路すいろ!」

こよいは、巾着きんちゃくを握りしめた。

「……大丈夫?返事して!」

「……」

かすかな声が、聞こえた。  本当にかすかな声。

「……つかれた」

水路すいろの神の声。  震えている。弱い。

「力を、使いすぎた?」

こよいは聞いた。

「……うん」

「……ひさしぶりに」

「……ひろがった」

広がった。  そうだ。水路すいろの神は、広がりたかったのだ。  昔のように、自分の場所を持ちたかったのだ。

さっきの虚空こくう。  あれは、水路すいろの神の力。  本来の姿。  何もない場所を作る力。  誰もいない、静かな空間。

「……すこし」

水路すいろの神の声が、さらに小さくなった。

「……やすむ」

「うん」

こよいは、頷いた。

「休んで。ゆっくり休んで」

「……ごめん」

「ごめんじゃないよ」

こよいは、巾着きんちゃくを胸に抱いた。

水路すいろが助けてくれた。ぼくが、守るから」

沈黙。  水路すいろの神は、もう返事をしなかった。  眠ってしまったのだろうか。  そもそも、神様は眠るものなのだろうか。  ぼくを助けるために、声を出す力さえ使い果たしてしまったのかもしれない。

森の中に、座り込んだ。  大きな木の根元。  暗いけど、観測者かんそくしゃはない。

巾着きんちゃくを、握りしめている。  冷たい。でも、そこに水路すいろの神がいる。  弱っているけど、いる。

「……ありがとう」

こよいは、もう一度言った。

「……水路すいろが、道を作ってくれた」

返事はない。でも、分かる。  水路すいろの神は、聞いている。

しおりが、かばってくれた。  ほこらの神も、ぼくを助けてくれた気がした。  そして今、水路すいろの神が、道を作ってくれた。

みんなが、助けてくれている。  こよいを、守ってくれている。

「……届けるから」

こよいは、呟いた。

「……必ず、届けるから」

しばらく、動けなかった。  体が疲れている。でも、それ以上に、水路すいろの神のことが心配だった。

巾着きんちゃくが、少しだけ温かくなった。  ほんの少しだけ。

「……水路すいろ?」

「……だいじょうぶ」

かすかな声。

「……しんぱい、しないで」

「無理しないで」

「……うん」

沈黙。でも、さっきよりは良い。  水路すいろの神は、生きている。

「……もうすこし」

水路すいろの神の声が、また聞こえた。

「……いったら、つく」

「第三境界?」

「……うん」

「……ぼくのばしょ」

近い。  第三境界が、近い。  水路すいろの神を届ける場所が、近い。

「……行ける?」

こよいは聞いた。

「……いける」

水路すいろの神の声。  弱いけど、確かな声。

「……いっしょに、いこう」

こよいは、立ち上がった。  足が震えている。でも、歩ける。

巾着きんちゃくを、胸に抱いた。  軽い。水路すいろの神が弱っているから。でも、温かくなってきた。少しだけ。

「……行こう」

こよいは、前を向いた。

「……水路すいろを、届けに」

一歩、踏み出した。  暗い森の中。でも、怖くない。

水路すいろの神が、道を作ってくれた。  包囲ほういを、突破とっぱしてくれた。でも、水路すいろの神は弱ってしまった。

だから、今度はぼくが。  ぼくが、水路すいろの神を届ける。  必ず、届ける。

道が開いた。でも、水路すいろの神が弱った。

その代償だいしょうを、無駄にしない。

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