中陵深部の手前で、巾着が細かく震え始めた。
こよいが足を止める。 神々の脈とは違う硬い振動だ。普段の脈は水が波打つような柔らかさがある。今のは石と石がぶつかるような、固体の震え。巾着の布越しに、石座で拾った核片――こよいたちが珠と呼び始めた小さな塊が光っているのが分かった。薄い青白い光が、布の繊維の隙間から漏れている。光は脈動していて、巾着を握った手に振動が直接伝わった。
「……また鳴ってる。前より強い」
久遠が義眼の蒼光を灯し、周囲を走査した。光が地面を舐め、石の下の構造を透かして読む。蒼光が地面に当たると、石の表面だけでなく、石の下に隠れた空洞や配管の形が浮かび上がった。
「近くに同構造体がある。前回より距離が近い。方位は真下、深さ三間ほど」
あさひは片膝をつき、地面へ耳を当てた。砂の冷たさが頬に伝わる。目を閉じ、耳だけに意識を集中させる。石の下から、鈴に似た振動音が返ってくる。規則的で、間隔が短い。呼んでいるような音だ。
「真下だな。浅い。掘れば届く」
三人は砂を払い、石板の継ぎ目を露出させた。砂は乾いていて、手で払うと白い粉が舞う。石板は四枚並んでいて、そのうち一枚だけ色が違う。他の三枚は灰色だが、一枚だけ赤みがかった茶色をしている。その石板の中央に、四角い蓋の形をした継ぎ目がある。蓋の大きさは人の頭ほど。縁に細い溝が走り、溝の底に古い金属の跡が見える。金属は緑青を吹いていて、かつて銅が嵌め込まれていた名残だ。
久遠が蒼光で溝を照らし、開錠式を試した。目録に記録された中陵の共通鍵式だ。蒼光が溝に沿って走り、金属跡を辿る。だが反応しない。式が受け付けられない。蒼光の光が溝の中で散り、跳ね返ってくる。
「鍵は式じゃない。共鳴そのものだ。珠が鍵になってる」
久遠は蒼光を消し、こよいを見た。
こよいは巾着の口を緩め、珠を取り出した。掌に載せると、冷たい。氷を握っているような冷たさだが、溶けない。表面は滑らかで、中に小さな光の粒が泳いでいる。光の粒は巾着の中では静かだったが、外に出した途端、激しく動き始めた。地面の方角へ引かれるように、珠の下半分に光が集まる。重力に従って落ちるのではなく、地中の何かに向かって引き寄せられている。
「これを近づける?」
「慎重に。強く当てると逆位相で割れる。珠も、石板も」
久遠の声は低く、緊張が混じっていた。逆位相――共鳴の波が反転して、互いを破壊する現象だ。楽器の弦が強く弾かれすぎて切れるのと同じ原理。
こよいは息を整え、珠を石板へそっと近づけた。一尺、半尺、数寸。距離が縮まるにつれて、珠の振動が変わる。不規則だった震えが、ある距離を境に規則的な脈へ変わった。地面の下の構造体と、拍が揃い始めている。二つの脈が近づき、やがて重なる。重なった瞬間、珠の冷たさが和らいだ。氷のような冷たさから、石のような冷たさへ。 数寸の距離で共鳴音が高まった。石板中央に円紋が浮かぶ。紋は光ではなく、石の色が変わることで現れた。灰色の石に、赤い円が滲むように広がる。
あさひが短剣を溝に差し込み、てこの要領で持ち上げた。石と石が擦れる重い音がして、蓋が開く。砂粒が暗い穴へ落ちていき、数拍遅れて底に当たる音がした。浅い穴だ。
内部には小さな器。陶器ではなく、石を削り出した一体物だ。器の内側は磨かれ、表面に渦の模様が刻まれている。渦は中心へ向かって巻き込む形で、珠を受ける窪みへ続いている。 空のように見えたが、底に薄い光がある。珠と同じ色の光だ。かつてここに置かれていた珠の残光だろう。光は弱く、器の縁まで届いていない。
「返す場所だ」
久遠が静かに言う。声に確信があった。目録ではなく、珠と器の共鳴が教えている。
こよいは珠を器へ置いた。指先から離れる瞬間、珠の冷たさが急に温かさに変わった。器に触れた珠は、渦の模様に沿って回転し、底の窪みにぴたりと嵌まる。 音が止んだ。振動が消え、あたりが静まり返る。風の音すら遠くなった。 次の瞬間、器の底から二つ目の微光が立ち上がった。珠の光と、器の残光が重なり、新しい光になる。戻ってきた共鳴だ。光は器の縁を越え、蓋の溝を伝い、石板全体に広がっていく。赤みがかった茶色の石板が、一段明るくなった。
「……終わりじゃないんだね」
こよいの声に、久遠が頷く。
「珠は保管物じゃない。循環装置だ。持ち出して使い、戻せば次の鍵が開く。留めておくための道具じゃなく、巡らせるための道具だった」
器の縁に、古い文字が浮いた。光に照らされて見えたのではなく、共鳴によって石の表面が変化し、文字が現れた。
『北主脈、開通条件一つ達成』
主脈。中陵の心臓へ通じる血管のような経路だ。その一つが、今開いた。
あさひが口の端を上げる。
「やっと心臓に近づいたか。長かったな」
こよいは器の横へ分冊『門』の写しを一頁だけ置いた。共鳴手順を簡潔に書いた紙だ。次にここへ来る人が、同じ手順を踏めるように。
『強く当てるな。置くように戻す。逆位相注意』
蓋を閉じると、共鳴音は地中の奥へ遠ざかった。石板の赤い円紋は薄れ、やがて元の灰色に戻る。だが完全には消えなかった。よく見れば、うっすらと赤い線が残っている。道標だ。
こよいは巾着を握った。珠を返した分、巾着は軽くなっている。だが神々の脈は変わらない。四柱は珠とは別の存在だ。巾着の中で、神々が静かに脈打っている。珠がなくなったことを、気にしていないような拍だった。
珠の共鳴、ふたたび。 今回は警告ではなく、接続の確認だった。 巡らせて、戻す。原初の術式が求める還す者の手も、こうした循環の中にあるのだろうか。
おたまは尾を立て、次の一歩を静かに待っていた。
