第179話 珠の共鳴、ふたたび
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第179話 珠の共鳴、ふたたび

第6章 影の計量

中陵(ちゅうりょう)深部の手前で、巾着(きんちゃく)が細かく震え始めた。

こよいが足を止める。  神々の脈とは違う硬い振動だ。普段の脈は水が波打つような柔らかさがある。今のは石と石がぶつかるような、固体の震え。巾着(きんちゃく)の布越しに、石座(いしざ)で拾った核片(かくへん)――こよいたちが珠(たま)と呼び始めた小さな塊(かたまり)が光っているのが分かった。薄い青白い光が、布の繊維(せんい)の隙間から漏れている。光は脈動していて、巾着(きんちゃく)を握った手に振動が直接伝わった。

「……また鳴ってる。前より強い」

久遠(くおん)が義眼(ぎがん)の蒼光(そうこう)を灯し、周囲を走査(そうさ)した。光が地面を舐(な)め、石の下の構造を透かして読む。蒼光(そうこう)が地面に当たると、石の表面だけでなく、石の下に隠れた空洞(くうどう)や配管の形が浮かび上がった。

「近くに同構造体がある。前回より距離が近い。方位は真下、深さ三間ほど」

あさひは片膝をつき、地面へ耳を当てた。砂の冷たさが頬に伝わる。目を閉じ、耳だけに意識を集中させる。石の下から、鈴に似た振動音が返ってくる。規則的で、間隔が短い。呼んでいるような音だ。

「真下だな。浅い。掘れば届く」

三人は砂を払い、石板(せきばん)の継ぎ目を露出させた。砂は乾いていて、手で払うと白い粉が舞う。石板(せきばん)は四枚並んでいて、そのうち一枚だけ色が違う。他の三枚は灰色だが、一枚だけ赤みがかった茶色をしている。その石板(せきばん)の中央に、四角い蓋(ふた)の形をした継ぎ目がある。蓋(ふた)の大きさは人の頭ほど。縁(ふち)に細い溝(みぞ)が走り、溝(みぞ)の底に古い金属の跡(あと)が見える。金属は緑青(ろくしょう)を吹いていて、かつて銅が嵌(は)め込まれていた名残だ。

久遠(くおん)が蒼光(そうこう)で溝(みぞ)を照らし、開錠式を試した。目録(もくろく)に記録された中陵(ちゅうりょう)の共通鍵式だ。蒼光(そうこう)が溝(みぞ)に沿って走り、金属跡を辿(たど)る。だが反応しない。式が受け付けられない。蒼光(そうこう)の光が溝(みぞ)の中で散り、跳ね返ってくる。

「鍵は式じゃない。共鳴そのものだ。珠(たま)が鍵になってる」

久遠(くおん)は蒼光(そうこう)を消し、こよいを見た。

こよいは巾着(きんちゃく)の口を緩め、珠(たま)を取り出した。掌(てのひら)に載せると、冷たい。氷を握っているような冷たさだが、溶けない。表面は滑らかで、中に小さな光の粒が泳いでいる。光の粒は巾着(きんちゃく)の中では静かだったが、外に出した途端、激しく動き始めた。地面の方角へ引かれるように、珠(たま)の下半分に光が集まる。重力に従って落ちるのではなく、地中の何かに向かって引き寄せられている。

「これを近づける?」

「慎重に。強く当てると逆位相(ぎゃくいそう)で割れる。珠(たま)も、石板(せきばん)も」

久遠(くおん)の声は低く、緊張が混じっていた。逆位相(ぎゃくいそう)――共鳴の波が反転して、互いを破壊する現象だ。楽器の弦が強く弾(はじ)かれすぎて切れるのと同じ原理。

こよいは息を整え、珠(たま)を石板(せきばん)へそっと近づけた。一尺、半尺、数寸。距離が縮まるにつれて、珠(たま)の振動が変わる。不規則だった震えが、ある距離を境に規則的な脈へ変わった。地面の下の構造体と、拍が揃(そろ)い始めている。二つの脈が近づき、やがて重なる。重なった瞬間、珠(たま)の冷たさが和らいだ。氷のような冷たさから、石のような冷たさへ。  数寸の距離で共鳴音が高まった。石板(せきばん)中央に円紋(えんもん)が浮かぶ。紋は光ではなく、石の色が変わることで現れた。灰色の石に、赤い円が滲(にじ)むように広がる。

あさひが短剣を溝(みぞ)に差し込み、てこの要領で持ち上げた。石と石が擦(こす)れる重い音がして、蓋(ふた)が開く。砂粒が暗い穴へ落ちていき、数拍遅れて底に当たる音がした。浅い穴だ。

内部には小さな器。陶器ではなく、石を削り出した一体物だ。器の内側は磨かれ、表面に渦(うず)の模様が刻まれている。渦(うず)は中心へ向かって巻き込む形で、珠(たま)を受ける窪(くぼ)みへ続いている。  空のように見えたが、底に薄い光がある。珠(たま)と同じ色の光だ。かつてここに置かれていた珠(たま)の残光だろう。光は弱く、器の縁(ふち)まで届いていない。

「返す場所だ」

久遠(くおん)が静かに言う。声に確信があった。目録(もくろく)ではなく、珠(たま)と器の共鳴が教えている。

こよいは珠(たま)を器へ置いた。指先から離れる瞬間、珠(たま)の冷たさが急に温かさに変わった。器に触れた珠(たま)は、渦(うず)の模様に沿って回転し、底の窪(くぼ)みにぴたりと嵌(は)まる。  音が止んだ。振動が消え、あたりが静まり返る。風の音すら遠くなった。  次の瞬間、器の底から二つ目の微光が立ち上がった。珠(たま)の光と、器の残光が重なり、新しい光になる。戻ってきた共鳴だ。光は器の縁(ふち)を越え、蓋(ふた)の溝(みぞ)を伝い、石板(せきばん)全体に広がっていく。赤みがかった茶色の石板(せきばん)が、一段明るくなった。

「……終わりじゃないんだね」

こよいの声に、久遠(くおん)が頷(うなず)く。

「珠(たま)は保管物じゃない。循環装置だ。持ち出して使い、戻せば次の鍵が開く。留めておくための道具じゃなく、巡らせるための道具だった」

器の縁(ふち)に、古い文字が浮いた。光に照らされて見えたのではなく、共鳴によって石の表面が変化し、文字が現れた。

『北主脈、開通条件一つ達成』

主脈(しゅみゃく)。中陵(ちゅうりょう)の心臓へ通じる血管のような経路だ。その一つが、今開いた。

あさひが口の端を上げる。

「やっと心臓に近づいたか。長かったな」

こよいは器の横へ分冊(ぶんさつ)『門』の写しを一頁(ページ)だけ置いた。共鳴手順を簡潔に書いた紙だ。次にここへ来る人が、同じ手順を踏めるように。

『強く当てるな。置くように戻す。逆位相(ぎゃくいそう)注意』

蓋(ふた)を閉じると、共鳴音は地中の奥へ遠ざかった。石板(せきばん)の赤い円紋(えんもん)は薄れ、やがて元の灰色に戻る。だが完全には消えなかった。よく見れば、うっすらと赤い線が残っている。道標(みちしるべ)だ。

こよいは巾着(きんちゃく)を握った。珠(たま)を返した分、巾着(きんちゃく)は軽くなっている。だが神々の脈は変わらない。四柱(よはしら)は珠(たま)とは別の存在だ。巾着(きんちゃく)の中で、神々が静かに脈打っている。珠(たま)がなくなったことを、気にしていないような拍だった。

珠(たま)の共鳴、ふたたび。  今回は警告ではなく、接続の確認だった。  巡らせて、戻す。原初(げんしょ)の術式(じゅつしき)が求める還す者の手(て)も、こうした循環(じゅんかん)の中にあるのだろうか。

おたまは尾を立て、次の一歩を静かに待っていた。

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