第176話 観測者の新兵器
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第176話 観測者の新兵器

第6章 影の計量

避難所を離れて半刻、空に鈍い羽音が響いた。

鳥ではない。風車でもない。規則的で、冷たい機械音だ。金属の羽が空気を切る音が、砂丘さきゅうの間に反響して方角がつかめない。上空のどこかにいるが、きりに紛れて姿が見えなかった。音だけが降ってくる。頭上を旋回する音は、獲物を探すたかの飛び方に似ていた。  こよいは首をめぐらし、音の発信源を探る。巾着きんちゃくの中で、風の神が鋭く震えた。警告の振動だ。布越しに、刺すような細かい震えが指に伝わる。

久遠くおんが顔色を変える。義眼ぎがん蒼光そうこうを最大に灯し、きりの中を走査そうさした。

観測者かんそくしゃの新兵器だ。追跡式の名前削刃機さくじんき

あさひが空をにらむ。剣のつかに手をかけ、膝を落として重心を低くした。  きりの中に、円盤状の機体が三機。下面に細い光刃こうじんっている。光刃こうじんは白く、冷たい光を帯びていた。見た目は薄いが、触れた場所の名前を物理的に削り取る力がある。光刃こうじんの先端がきりを切り、白い筋を引いている。

「人間相手に飛ばす道具じゃないな」

「本来は記録層の剪定用せんていようだ。記録の枝葉を刈り込むための機構きこうを、対人転用された」

久遠くおんの声に怒りがにじんでいた。道具の本来の使い方から外れた運用。それは観測者かんそくしゃ堕落だらくを端的に表している。

機体が低空へ降り、光刃こうじんが地面をかすめた。  砂面に走った線が白く漂白される。色が抜ける。砂の灰色が、紙のような白へ変わった。触れた場所の記録が、物質ごと消されていく。白い線が砂丘さきゅうの斜面を走り、通り過ぎた後に色のない帯が残った。

こよいは息をむ。

「触れた場所の名前が消える……」

直接浴びれば、身体に刻まれた名前ごと削られる。名前を失った身体がどうなるか、こよいは旅の中で何度も見てきた。目から光が消え、声が空洞くうどうになり、やがて輪郭りんかくごと薄れていく。

久遠くおんが即座に指示する。声は低く、速い。

「直線移動するな。曲線で散れ。あさひ、刃の根元を狙え。回転軸が弱点だ」

三人が散った。こよいは右へ、久遠くおんは左へ、あさひは正面へ。三方に分かれることで、機体の追跡対象が分散する。砂を蹴り、足跡が三方向に広がった。

あさひはがけ際の岩へ駆け、跳躍して一機に斬りつけた。  欠けた剣でも、関節部なら届く。訓練で覚えた軸制圧の動きだ。斬るのではなく、回転を止める。剣のみねが回転軸に当たり、金属同士がぶつかる甲高い音がした。  光刃こうじんの角度がずれ、地面へ刺さる。機体が傾き、砂を巻き上げて旋回する。旋回の風圧があさひの髪を乱し、砂が目に入った。

こよいは巾着きんちゃくを開き、雨の神の温もりで漂白線の進行を遅らせる。温もりを白い線に重ねると、漂白の速度が落ちた。完全停止はできない。だが避難時間は稼げる。指先が冷える。神々の温度を使いすぎると、こよい自身の体温も下がる。てのひらの色が白くなっていくのが分かった。

久遠くおん目録もくろくに挟んでいた控えの紙を細く裂き、風へ放った。  紙片が機体の吸気口へ吸われ、内部で回転を乱す。記録の断片を含んだ紙は、機械の読み取り部を混乱させる効果がある。紙片に書かれた文字と記号が、機体の識別系統をかく乱するのだ。一機、二機が失速し、高度を下げた。回転音が不規則になり、機体が左右に揺れる。

残る一機が上空で旋回し、再照準を始めた。砂丘さきゅうの上空で静止し、光刃こうじんの角度を調整している。光刃こうじんが回転を上げ、白い光が強くなった。照準が定まる前の溜めだ。

あさひが叫ぶ。

「来るぞ、伏せろ!」

光刃こうじんが一直線に走る。白い光の帯が、砂面を切り裂きながら迫ってくる。砂が左右に弾け、白いみぞが地面に刻まれていく。  こよいは地面へ倒れ、久遠くおんを引き寄せる。手を伸ばし、久遠くおんの腕をつかんで引き倒した。砂が口に入り、ざらつく。  刃は髪先をかすめただけで、背後の岩へ突き刺さった。風圧が頬をたたく。熱くも冷たくもない、無機質な風だった。

岩面の文字が一斉に白化はっかする。  古い道標みちしるべが消えた。石に刻まれていた矢印も、地名も、全部白い面になった。何百年も風化に耐えた文字が、一瞬で消えた。

久遠くおんは歯を食いしばる。義眼ぎがん蒼光そうこうが怒りで明滅めいめつした。

「やっぱり地形情報を優先して削ってる。道を消して孤立させる戦術だ」

名前を消すだけではない。道を消す。記録を消す。歩いてきた足跡あしあとを全部消して、進むことも戻ることもできなくする。

あさひが最後の機体へ突進した。  足場は悪い。砂が崩れ、踏み込みが効かない。砂の上を走ると、一歩ごとに足首まで沈む。それでも一瞬のすきを拾い、剣のみねで回転軸をたたく。  峰打ちだ。刃を使えば折れる。だから峰で、正確に軸だけをたたいた。欠けた剣の重心は先端寄りにずれている。その分だけ踏み込みを深くし、腕の角度で補正した。訓練で身体に刻んだ修正だ。

甲高い破断音。  機体が傾き、砂丘さきゅうの向こうへちた。砂煙が上がり、金属が地面にぶつかる重い音がした。続いて、光刃こうじんが消える音。低いうなりが細くなり、やがて無音になった。

静寂が戻る。  羽音はもう聞こえない。砂を渡る風の音だけが、耳に残った。

こよいは荒い呼吸を整えながら言った。砂を吐き出し、膝についた砂を払う。

「これ、また来るよね」

久遠くおんうなずく。

「来る。だから対策を標準化する」

三人は墜落機を回収し、使える部品を抜き取った。  回転軸、光刃こうじん制御片、識別符しきべつふ久遠くおんが部品を並べ、義眼ぎがんで構造を読む。蒼光そうこうが部品の一つ一つを照らし、接合部と配線を記録していく。弱点は吸気口と回転軸。光刃こうじんは動力が止まれば無力化する。動力源は回転軸の中にあり、回転が止まれば光刃こうじんも消える。

久遠くおんがまとめる。

「次からは先に吸気をふさぐ。正面から受けるな」

あさひは欠けた刃を見て笑った。刃がまた一段短くなっている。断面が新しく光っている。

「剣が折れる前に、こっちが手順を増やす。上等だ」

こよいは白化はっかした岩面へ木炭で太く書いた。木炭は柔らかく、白化はっかした石の上でよく映える。黒い字が白い面に浮かび上がった。

『空を見るな。足元を守れ』

道標みちしるべを消されても、術式じゅつしきの手がかりまで消させるわけにはいかない。原初げんしょの第三条件を見つけるまで、足を止めない。  新兵器の時代でも、最後に頼れるのは現場で残す短い文だった。

おたまも、こよいの足元を離れずに進んだ。

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