第147話 観測者の残党
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第147話 観測者の残党

第5章 名の漂い

列車を降りると、停車場ていしゃじょうの灯は半分消えていた。

残った灯の下に、人影が五つ。  揃いの外套がいとう、同じ高さのえり、同じ靴音。訓練された集団の、崩れかけた規律がかろうじて形を保っていた。外套がいとうすそどろに汚れ、何日も野営を続けた痕跡がある。それでも襟だけは正されていた。

観測者かんそくしゃ残党ざんとうだった。  停車場ていしゃじょうの空気が変わる。蒸気と鉄錆てつさびの匂いに混じって、汗と土の匂いが鼻を突いた。生きた人間の匂いだ。それが逆に、こよいの背筋を冷たくした。

「止まれ」

先頭の男が言う。  声には疲れと執念しゅうねんが同居していた。目の下に深いくまがあり、唇の端が乾いてひび割れている。長い間、まともに休んでいない顔だ。

核片かくへんを引き渡せ。お前たちに運用資格はない」

あさひが一歩前へ出る。足の置き方が変わっていた。前の区画までの、迷いを含んだ立ち方ではない。迷いを認めた上で踏み込む、新しい構えだった。右足のかかとを僅かに浮かし、左足に体重を預ける。抜刀と後退、どちらにも移れる中間の姿勢だ。

「資格の話をするには、遅すぎる。ここまで町を壊したのは誰だ」

男は表情を変えない。ただ、こよいの胸元——巾着きんちゃくのある位置を、値踏みするように見ている。その視線には敵意よりも渇望かつぼうに近いものがあり、こよいの胸の奥が冷えた。

「壊したのではない。整えた。揺らぐことわり固定こていするには犠牲が要る」

久遠くおん目録もくろくを掲げる。  蒼い光が外套がいとうの縫い目を照らし、隠された印章を浮かび上がらせた。印は古い書式で、線の一部がかすれている。長く使い込まれたあかしだ。すみの色はせ、何度も上塗りされた形跡がある。

「古い班だな。解散命令が出てるはずだ」

「命令は受領した。従わなかっただけだ」

男の声にわずかな誇りが混じった。  その合図で、残りの四人が扇形に広がる。  包囲ほうい。  逃げ道は三方とも塞がれ、背後には降りたばかりの列車が静かに蒸気を吐いている。蒸気の白が足首まで覆い、互いの足元が見えにくくなっていた。

こよいは巾着きんちゃくを胸に寄せ、神々の脈を数えた。雨の神が深く脈打ち、硝子びいどろの神が澄んだ振動で応えている。  速い。  危険を示している。布越しの温度が上がり、指先に脈のような振動が伝わる。

「交渉は?」

こよいが問う。声が上擦うわずらないよう、意識して低く出した。

男は首を横に振った。

「交渉の時期は終わった。記録は回収する」

あさひが剣を抜く。  金属音が冷たい空気を裂いた。停車場ていしゃじょうの残った灯が刃に映り、細い光の線が五人の顔を順に撫でた。恐怖はない。覚悟だけがあった。

「なら、ここから先は通さない」

最初に動いたのは左端の女だった。  短い刃を低く振り、あさひの足を狙う。靴底すれすれの軌道。殺す気はない。足を止めて奪う気だ。  あさひは半歩下がり、柄頭つかがしらで手首を弾いた。乾いた音がして、女の指から短刃が飛ぶ。刃が石畳いしだたみに落ちて跳ね、金属の高い音が停車場ていしゃじょうに響いた。

同時に、右側の男が久遠くおんへ走る。  久遠くおん目録もくろくを閉じ、間に挟んでいた控えの紙束だけを相手の視界へ投げつけた。  紙片が散った一瞬に姿勢を崩し、ひじあごを打つ。鈍い音。男がよろめき、膝を折る。久遠くおんは散った紙片には目もくれず、次の敵を見据えた。

こよいの前にも影が来た。  剣ではなく、拘束具こうそくぐを持っている。金属の輪と短い鎖。こよいの手首を縛って巾着きんちゃくを奪う算段だ。

「傷つけるな、って命令か」

こよいは一歩引き、巾着きんちゃくを開いた。  神々の温度が広がり、男の足元の石畳いしだたみに薄い水膜を作る。冷えた夜気に触れた水膜が一瞬でしもに変わりかけ、石の表面を滑らかにした。  男は踏み込みを滑らせ、ひざをついた。拘束具が石畳に当たり、甲高い音を立てる。

「今だ、あさひ!」

あさひの斬撃ざんげきは浅い。  外套がいとうだけを裂き、肉は断たない。刃が布を通過する音は、紙を破るような軽さだった。  だが外套がいとうの内側に隠した通信石を正確に落とした。石が石畳に当たって砕け、蒼い火花が散る。

男たちの連携が崩れる。  通信石を失ったことで、互いの位置を確認する動きが一拍遅れ、扇形の陣が歪んだ。声で補おうとする者もいたが、停車場ていしゃじょうの反響が方向を狂わせていた。

久遠くおんが短く命じた。

「撤退線を断て。長引かせるな」

三人は同時に中央へあつをかけた。  こよいは巾着きんちゃくを掲げ、神々の光を正面に向ける。まぶしさに男たちが腕で目をかばい、あさひがその隙を突いて二人目の通信石を叩き落とす。  観測者かんそくしゃたちは数歩退き、停車場ていしゃじょうの外へ下がる。

先頭の男だけが残り、こよいを見た。  その目にあったのは怒りではなかった。かなしみに近い何かだ。自分たちが守ろうとしたものが、別の手に渡ることへの、諦めきれない執着しゅうちゃく。瞳の奥に灯が映り込み、揺れている。

「お前たちが守るものは、いずれ管理不能になる」

こよいは正面から答えた。

「それでも、名も記憶もないまま固定こていされるよりはいい」

男は何も言わず、きりの中へ消えた。  足音だけがしばらく残る。規則正しい靴音が遠ざかり、やがてきりに吸い込まれて消えた。

あさひが剣を納める。つば鳴りの音が、戦闘の終わりを告げた。

「追うか?」

久遠くおんは首を振った。

「今は核片かくへんを優先。残党ざんとうはまた出る」

「……どうして、ぼくたちが核片かくへんを持ってるって分かったんだろう」

核片かくへんは拍を放ってる。聞ける耳を持つ者には、灯台と同じだ。……持ち歩く限り、追っ手は絶えない」

こよいは散った紙片を拾い、久遠くおんへ渡した。  紙は濡れていた。  誰の汗か、きりか、区別はつかない。久遠くおんは紙片を受け取り、一枚ずつ順番を確かめてから目録もくろくに挟んだ。

停車場ていしゃじょうの灯が一つ、また一つと戻る。  消えていた灯が順にともり、石畳の上の水膜や砕けた通信石の破片を照らし出した。

戦いのあいだ姿を消していたおたまが、いつの間にか石柱の上に戻っていた。  戦闘のあと、停車場ていしゃじょうの隅に倒れていた外套がいとうをこよいは拾った。  まだ温かい。ついさっきまで人が着ていた熱が、布の繊維に残っていた。指先に伝わるその温度が、敵だった者の体温と同じだという事実に、こよいは息を詰めた。  内側の縫い目に、小さな刺繍ししゅうがある。

『第七班』。

糸は色褪いろあせ、何度もつくろった跡がある。古い班の、古い誇り。  久遠くおんはそれを見て、目を伏せた。睫毛まつげの影が頬に落ちる。

「昔、同じ班で研修を受けた者がいた。たぶん生き残りだ」

あさひが外套がいとうを受け取り、血の付いていない部分だけ畳む。布を扱う手が不器用で、角が揃わない。それでも丁寧に折り目をつけていた。

「敵でも、雑に扱わないんだな」

久遠くおんは短く答えた。

「敵だからこそ、履歴りれきを残す。そうしないと、次の敵の理由が見えなくなる」

こよいは畳んだ外套がいとうを石柱の上に置いた。刺繍ししゅうの糸が灯に照らされ、せた金色がかすかに光った。  灯に照らされた外套がいとうは、遠目には誰かが脱いで置いただけに見える。  回収されるか、風で飛ぶかは分からない。  なかったことにはしない。こよいは石柱の上の外套がいとうに小さく頭を下げた。

術式じゅつしきの第三条件を見つける前に、自分たちの存在が消えるわけにはいかない。

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