第159話 連鎖の断絶
159

第159話 連鎖の断絶

第6章 影の計量

列車が峠の分岐へ差しかかった時、同時に三つの汽笛(きてき)が鳴った。

一本の線路に、三本分の到着音。音の方向がばらばらだ。前方、左斜め、右下。重なって聞こえるのではなく、別々の場所から同時に聞こえている。音の質も違った。前方は高く鋭い金属音、左斜めは低く響く蒸気音、右下はくぐもった木造の音。三つの時代の汽笛(きてき)が、同じ瞬間に交差している。  窓の外には、異なる停車場(ていしゃじょう)の灯が重なって見えた。同じ空間に三つの駅が重なっている。建物の輪郭(りんかく)が透けて重なり、どれが実体か分からない。手前の駅の看板の向こうに、別の駅のプラットフォームが透けて見えた。看板の文字すら二重に重なり、読もうとすると目が痛くなる。

「連鎖(れんさ)の断絶点だ」

久遠(くおん)が即座に目録(もくろく)を開く。蒼光(そうこう)が頁(ページ)を照らし、読む速度が普段の倍になっていた。焦っている。義眼(ぎがん)の光が明滅し、こめかみの血管が浮いている。

「ここで接続を切らないと、後続区画まで同時崩落(ほうらく)する。三つの系統が短絡(たんらく)して、一つの崩壊(ほうかい)が三つに増幅される」

あさひは車両の連結部(れんけつぶ)へ走った。通路は狭く、壁に肩をぶつけながら進む。連結部の床の金具が不規則に震え、火花を散らしていた。金属が歪(ゆが)む音がして、連結の継ぎ目から蒸気が漏れている。蒸気は熱く、あさひの腕に当たって赤い跡(あと)を残した。

こよいは巾着(きんちゃく)を胸に押し当て、呼吸を整えた。神々の脈は高いが、まだ制御可能だ。四柱(よはしら)の脈が速くなっている。危険を感じている拍だ。神々の温度が下がり、巾着(きんちゃく)の布が冷たくなっていく。

久遠(くおん)が三枚の紙を目録(もくろく)から抜き取り、床へ並べた。紙はそれぞれ異なる記号で記されている。列車の揺れで紙が滑り、久遠(くおん)は膝で押さえた。

「左が名前系、中央が影系、右が共鳴系。今は三つが短絡(たんらく)してる。本来は並行して走る経路が、この分岐点で一つに束ねられてしまった。だから三つの駅が重なって見える」

あさひが連結部に到着し、金具を確認する。三つの金属板が互いに噛(か)み合い、火花を散らしている。金属板の表面が熱で変色し、赤黒い光を放っていた。

「切ればいいんだな」

「順番を間違えるな。右、左、最後に中央だ。共鳴、名前、影の順に切る」

列車が大きく揺れた。横方向への揺れで、壁に体を打ちつけそうになる。天井の行灯(あんどん)が振り落とされ、硝子(ガラス)が割れて油が床へ落ちた。油が広がれば火がつく。硝子(ガラス)の破片が油の上に散り、炎が一瞬だけ揺らいだ。

こよいは月の神の冷光で油の広がりを止めながら叫んだ。銀色の冷気が油の表面を凍らせ、流動を止める。指先が痺(しび)れるほどの冷たさだ。

「なんでその順番?」

久遠(くおん)は紙を床に押さえつけたまま答える。列車の揺れで紙が飛ばないように、両手で押さえている。声は落ち着いているが、額に汗が光っていた。

「共鳴は三つを繋(つな)ぐ緩衝材だ。先に外して波を逃がす。次に名前で表層を分離。影は一番深い、最後だ。……順を違えれば、暴発する」

あさひが頷(うなず)き、最初の金具に剣を差し込んだ。欠けた刃でも、金属の継ぎ目を狙えば入る。刃先が金属の間に食い込み、軋(きし)む音がした。  力をかけ、捻(ねじ)る。金属が悲鳴のような音を上げ、右側の金具が折れた。折れた金具が床に落ち、火花を散らして転がる。右側の震動が弱まり、窓の外で重なっていた灯の一つが揺れ始める。

続けて左。名前系の金具だ。こちらは右より固い。あさひは剣の角度を変え、金具の裏側に刃先を引っ掛けた。腕の筋が浮き上がる。テコの原理で持ち上げ、一気に外す。窓の外で、重なっていた灯が一つ剥がれ、遠ざかった。三つだった駅が二つになる。輪郭(りんかく)の重なりが薄くなり、実体と幻(まぼろし)の区別がつくようになった。

最後に中央へ刃を入れた。  刃が金具に触れた瞬間、車体全体が跳ねた。床が持ち上がり、天井が落ちてくるような感覚。こよいは座席の背もたれに背中を打ちつけ、視界が真っ白になった。肺の空気が一瞬で押し出され、声も出ない。  耳鳴り。高い音が頭の中で回っている。

それでも巾着(きんちゃく)を落とさなかった。掌(てのひら)の温度だけを頼りに、巾着(きんちゃく)を握り続ける。温度が残っていれば、意識は戻せる。冷たさが指先から腕を伝い、意識の輪郭(りんかく)を取り戻した。

揺れが収まった。  汽笛(きてき)は一つだけ。線路のきしみも一本分に戻っている。窓の外には、一つの停車場(ていしゃじょう)しか見えなかった。重なりは消えた。灯は弱いが実体の灯だ。透けていない。  座席の下から、おたまが這(は)い出してきた。埃(ほこり)を一度だけ振り払い、何事もなかったように窓枠へ跳び乗る。

久遠(くおん)が深く息を吐いた。肩が大きく上下する。蒼光(そうこう)が消え、義眼(ぎがん)が暗くなった。出力を使い切った顔だ。

「切れた……連鎖(れんさ)は分離(ぶんり)できた」

あさひは剣を鞘(さや)に戻さず、床へ座り込んだ。汗が額から顎(あご)へ伝っている。剣を握る手が微(かす)かに震えていた。

「危なかったな。あと一拍遅れたら、車両ごと裂けてた」

こよいはゆっくり起き上がり、窓を見た。外には一つの停車場(ていしゃじょう)だけが見えている。灯は弱いが、実体のある灯だ。重なった幻(まぼろし)ではない。

「断つのって、怖いね」

こよいの言葉に、久遠(くおん)が答えた。

「怖い。でも、つなぎ直すためには一度切るしかない時がある。壊れた接続をそのまま保てば、全部が巻き込まれて壊れる」

あさひが笑って立ち上がった。膝の砂を払い、剣をようやく鞘(さや)に収める。

「なら次は、切ったあとを繋(つな)ぐ仕事だな」

列車は速度を落とし、静かな停車場(ていしゃじょう)へ入った。プラットフォームに人影はない。灯が二つだけ、等間隔に光っている。灯の下に虫が集まり、小さな影を作っていた。  断絶のあとに残る静けさは、空白ではない。次の接続を待つ、準備の静けさだった。

停車場(ていしゃじょう)に降りると、線路脇の表示板(ひょうじばん)に新しい文字が灯った。

『接続待ち』

以前なら崩落(ほうらく)警報が出ていた場所だ。崩壊(ほうかい)の文字が赤く点滅していたはずの場所に、穏やかな待機の表示。文字は青白く、静かに光っている。  こよいはその表示を見て、ようやく肩の力を抜いた。

あさひが笑う。

「断つだけじゃなく、待てるようにもなったか」

久遠(くおん)は表示板(ひょうじばん)を確認し、頷(うなず)く。

「急いで繋(つな)ぐより、待って正しい順で繋(つな)ぐ。次の課題はそこだ」

こよいは巾着(きんちゃく)を握り、静かな線路を見つめた。夜の線路は一筋だけ、暗闇の中をまっすぐ伸びている。レールの表面が停車場(ていしゃじょう)の灯を反射し、細い光の線が闇の奥へ消えていった。  断絶の先に、続きのための余白(よはく)が確かに生まれていた。

そのとき、遠くで汽笛がひとつ、返事のように鳴った。  ぼくたちの霧列車(きりれっしゃ)のものではない。  おたまの耳が、闇の奥の一点へ向いたまま、動かなくなった。

お読みいただきありがとうございます

4つの小説投稿サイトでお読みいただけます